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東京地方裁判所 平成8年(ワ)23290号 判決 1999年3月16日

原告

北村雄三

右訴訟代理人弁護士

真貝暁

被告

株式会社朝鮮日報日本支社

右代表者代表取締役

白炅

右訴訟代理人弁護士

山本潔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成八年五月以降毎月二八日限り金四九万九七五〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、三元株式会社に運転手として雇用された原告が、その代表取締役に解雇されたが、この解雇は正当な理由がなく無効であるとして抗争中、三元株式会社が解散して清算結了登記を済ましたため、三元株式会社と代表取締役その他の役員を共通にする被告に対し、三元株式会社と被告とは人的・物的に全く同一の会社であり、実質的には法律上同一の会社であるとして、被告との間の雇用契約の存続を主張して地位確認及び賃金の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する)

1  当事者等

(一) 被告は、昭和四三年七月五日に設立され、株式会社朝鮮日報社(所在韓国ソウル特別市)の日本全地域における業務の管掌、韓国の新聞・雑誌・ラジオ・テレビの日本地域における業務の代行等を業とする株式会社である。

(書証略)

(二) 三元株式会社は、昭和四三年七月一二日設立され、化学薬品の製造販売並びに輸出入、繊維製品及びその原料並びに繊維機械類の製造販売並びに輸出入等を業とする株式会社である。三元株式会社は、平成八年九月二〇日、同年七月三一日株主総会の決議により解散した旨の解散の登記(商法四一六条一項、九六条)をし、同年一〇月四日清算結了の登記(商法四三〇条一項、一三四条)をした。

(書証略)

2  原被告間の雇用契約

(一) 原告は、平成五年三月一日、三元株式会社に運転手として雇用された(以下「本件雇用契約」という)。

(二) 三元株式会社代表者の白炅(以下「白」という)は、原告に対し、平成八年五月九日、「今日限り辞めてくれ」等と申し渡した。

(証拠略)

3  三元株式会社の就業規則

三元株式会社の就業規則(書証略)には次の定めがある(原則として原文のまま掲記した)。

一〇条一項

従業員が次の各号の一に該当する場合は、三〇日前に予告するか、又は平均給与の三〇日分を支給して解雇する。(ただし書は省略)

二号

勤務成績不良にして、再三注意しても改善の見込みがなく、他の職務にも不適格と認めたとき。

七号

その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき。又は会社が必要な時に上司の命令に従わない時は予告なしの解雇が出来る。

二  争点

1  原告は、平成八年五月九日、白との間で、三元株式会社を退職する旨の合意をしたか。それとも、白は、原告を解雇する旨の意思表示をしたか。

(一) 本件雇用契約の合意解約の有無(地位確認請求に対する抗弁)

(二) 解雇の有無(賃金支払請求の請求原因事実)

2  就業規則所定の解雇事由の存否

3  法人格否認の法理の適用の有無

三元株式会社と被告とは人的・物的に全く同一の会社であり、実質的には法律上同一の会社と言えるか。

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者等及び本件雇用契約

争いのない事実等1及び2(一)のとおり。

2  賃金額

原告は、毎月二八日限り前月二六日から当月二五日までの分の支払を受けるとの約定で、平成八年五月九日当時月額四九万九七五〇円の賃金の支払を受けていた。

3  解雇の意思表示

白は、原告に対し、平成八年五月九日、「君とは性格が合わない。小さな箱の中で今後君とは一緒にやっていくことはできない。一箇月分の給料はくれてやるから、今日で君は解雇だ」と申し渡し、もって、原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

4  法人格否認

(一) 被告と三元株式会社とは、次に述べるとおり、人的・物的構成において全く同一の会社であり、実質的には同一の会社である。

(二) 本店所在地

被告の本店所在地は、東京都千代田区(以下、略)である。他方、三元株式会社の本店所在地は、商業登記簿上は東京都豊島区(以下、略)であったが、同所は白の自宅所在地であり、本店の実体は全くなく、実際には被告と同様東京都千代田区(以下、略)にあった。

(三) 役員構成

被告と三元株式会社の役員構成は全く同一であり、白の親族で独占していた。

(1) 被告

代表取締役 白

取締役 土屋俊子(白の妻)

同 白眞勲(白の子)

監査役 宮崎多貴子(白眞勲の妻)

(2) 三元株式会社

代表取締役 白

取締役 土屋俊子(白の妻)

同 白眞勲(白の子)

監査役 宮崎多貴子(白眞勲の妻)

(四) 業務の混同

(1) 被告及び三元株式会社は、白が実権を握るいわゆる同族会社であり、白のワンマン経営の会社である。

(2) 被告及び三元株式会社は、商業登記簿上では業務目的が区分されているが、実際に行われている業務は全く混同されている。

すなわち、三元株式会社は、原告が雇用された当時から独自の業務はほとんど行っておらず、三元株式会社の従業員は、韓国の朝鮮日報社あるいは韓國經済新聞社から送られてくる日刊新聞、週刊誌及び月刊誌等の梱包及び発送、購読者の拡張、広告取り等の業務を主として行っていた。

(3) 被告及び三元株式会社は、同じ事務所を使用し、共通の就業規則を使用していた。

(五) 財産の混同

(1) 被告及び三元株式会社は、事務所の机、椅子その他の什器備品、電話、営業用自動車を共用していた。

(2) 事務所内部で使用されていた電話の電話加入権はすべて白の名義となっていた。

(3) 原告が業務上運転していた車両「豊田センチュリー」(以下、略)も含め、営業用自動車はすべて被告名義となっていた。

(六) 従業員

三元株式会社の従業員は、前記のとおり、韓国の朝鮮日報社あるいは韓國經済新聞社から送られてくる日刊新聞、週刊誌及び月刊誌等の梱包及び発送、購読者の拡張、広告取り等の業務を主として行っていた。三元株式会社の解散前には、被告には役員のほか正社員は一人もおらず、韓国の韓國經済新聞社からの特派員が業務を行っていたに過ぎない。

(七) 平成八年九月、三元株式会社の従業員全員について、健康保険者証の事業所等の名称の変更手続が行われ、被告に変更されている。

(八) 以上のとおり、三元株式会社と被告とは、白が実権を握るいわゆる同族会社であり、実質的には法律上同一の会社であるし、三元株式会社は、原告との本件解雇をめぐる紛争発生後に解散しているから、「法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合」(最高裁昭和四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁)に該当し、法人格は否認されるべきである。

5  よって、原告は、被告に対し、「第一 請求」のとおり、本件雇用契約に基づく地位の確認及び賃金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、賃金月額の点は否認し、その余の事実は認める。原告の賃金は、平成八年五月九日当時月額四五万六五〇〇円であった。

3  同3の事実のうち、白が、平成八年五月九日、原告と話し合ったことは認めるが、その余の事実は否認する。白は、原告に対し、同日、就業中の言動の是正を求め、「君に反省の意思がないのなら、辞めてもらうしかない」と述べたところ、原告は、「辞めろと言うなら辞めます」と述べて退職を納得し、白と合意の上で同日をもって三元株式会社を退職した。被告は、現に未払給料の清算をし、解雇予告手当を支払う等の退職手続を履践しており、原告は、これらの手続に必要な書類に署名捺印したほか、東京商工会議所から退職金積立金を受け取り、雇用保険法に基づく失業保険金の給付を受けている。

4(一)  同4(一)の事実は否認する。

(二)  同4(二)の事実は認める。

(三)  同4(三)の事実は認める。

(四)  同4(四)(1)の事実のうち、被告及び三元株式会社が同族会社であることは認めるが、その余の事実は否認する。被告の実権は韓国にある朝鮮日報社本社にある。白の一存で決定できる事項は少ない。一方、三元株式会社は、白が設立発起人代表として設立した会社で、白自身が唯一営業を行い、他の社員はその補助業務を行っていたが、それをワンマン経営と言うのは皮相的な見方に過ぎない。

同4(四)(2)の事実のうち、三元株式会社の従業員が、韓国の朝鮮日報社あるいは韓國經済新聞社から送られてくる日刊新聞、週刊誌及び月刊誌等の梱包及び発送、購読者の拡張、広告取り等の業務を主として行っていたことは認め、その余の事実は否認する。三元株式会社は、長い間、本業である韓国との輸出入業の不振に苦しみ、被告から業務委託を受けて右各業務を遂行し、被告から委託料を得て、従業員の給与その他の諸経費に当てていた。

同4(四)(3)の事実は認める。

(五)  同4(五)(1)から(3)までの事実はいずれも認める。

(六)  同4(六)の事実は認める。

(七)  同4(七)の事実について。三元株式会社の従業員はいったん三元株式会社を退職し、被告が再採用した。健康保険被保険者証にも抹消・変更の手続がされている。

(八)  同4(八)は争う。

5  同5は争う。

三  抗弁

1  本件雇用契約の合意解約(労働契約上の権利を有する地位の確認請求に対する抗弁)

(一) 原告は、平成八年五月九日、白と合意により、三元株式会社を退職した。

(二) 合意による退職を裏付ける事実は、請求の原因3の事実に対する認否で述べたとおりである。

2  就業規則所定の解雇事由の存在

(一) 原告には、白及び同僚社員に対し、横暴な態度、言動があった。

(1) 原告は、平成七年八月ころ及び九月ころ、運転業務に従事中、道を間違えたことを指摘されると、横暴な態度で怒鳴り、ふてくされたり、逆に責めるような言い方をしたりした。

(2) 原告は、得意先での車内待機中、ほとんど眠り込んでおり、帰社のため合図をしても気付かず、わざわざ車まで起こしに行かなければならなかった。

(3) 原告が、昼の休憩時間前に、勤務時間中であるにもかかわらず、無断で外出したため、急な外出の折に車を使えなかったことがある。このときも、あらかじめ予定を伝えないのが悪いと責任転嫁をした。

(4) 原告は、本件雇用契約締結後半年位経ってから、白の退社時、白が会社を出てエレベーターの前で待っているにもかかわらず、従業員たちに退社の挨拶をおもむろにした後、ゆっくりと会社を出て、白の所に来るようになった。この間白は数分間待たされた。

(5) 原告は、被告が本社に送付する雑誌について、私用でしばしばそのコピーを取っていた。

(6) 白が、コピー室にいた原告に、何をしているのかと尋ねたとき、原告は、「新聞発送を手伝っているじゃないか」と大声で怒鳴ったことがある。

(7) 原告は、平素から、社内で、皆に聞こえるように、「私は、日の丸タクシー時代は五〇〇人の従業員を使い、人間の頂点に立っていた男である」と大言壮語していた。また、世田谷営業所長をしていた当時、脱税の疑いで当局に厳しい取り調べを受けたことがあり、それが原因で所長を辞めさせられたという話を、自らの箔付けとして語ったこともあった。

(8) 白や土屋俊子が乗車、下車の際、投げ放つような乱暴な仕草でドアを閉めていた。

(9) 原告は、特に女性の従業員に対してくどくどと説教をすることがあり、疎まれていた。

(二) そこで、白は、平成八年五月九日、原告に対し、「君に反省の意思がないのなら辞めてもらうしかない」と述べたが、原告は反省の意を示さなかった。そこで、白は、原告が自己の態度、言動を反省せず、改善する意思がないとして、就業規則一〇条一項二号及び七号により原告を解雇した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告に、白及び同僚社員に対し、横暴な態度、言動があったことは、否認する。

同2(一)(1)の事実のうち、原告が平成七年八月ころ、運転業務に従事中、道を間違えたことを指摘されると、横暴な態度で怒鳴り、ふてくされた旨の主張は、事実を著しく歪曲している。鈴木部長らは、新聞広告取りの営業を長年行ってきているので、会社の固有名詞を略称で呼び、自己満足していたが、自分の意思を他者に伝えるには、理解できるような表現をするのが一般常識であろう。原告が同年九月ころ道を間違えたとの主張は、創作である。

同2(一)(2)の事実は、事実とは著しく異なる悪意に満ちた主張である。朝鮮日報社本社の顧問等は、一年間に約六回以上来日し、滞在期間は一〇日ないし二週間であり、接待を受けていた。原告は車を運転してその接待業務の一環を担っていた。この接待業務は深夜にも及ぶ長時間労働になることが多かった。

同2(一)(3)の事実は否認する。

同2(一)(4)の事実のうち、原告が、白の退社時に白を待たせた事実は否認する。

同2(一)(5)の事実は否認する。

同2(一)(6)の事実は否認する。

同2(一)(7)の事実は解雇理由としては無意味な事実である。

同2(一)(8)の事実は否認する。

同2(一)(9)の事実は否認する。

(二)  同2(二)の事実のうち、白が、平成八年五月九日、原告に対し、「君に反省の意思がないのなら辞めてもらうしかない」と述べ、原告が反省の意を示さなかったことは、否認する。

第四当裁判所の判断

一  合意退職か解雇か

1  本件雇用契約の合意解約の有無について(争点1(一)―地位確認請求に対する抗弁)

(一) (証拠略)並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成八年五月九日、白は、原告に対し、性格が合わないこと等を理由に、「今日限り辞めてくれ」等と申し渡したが、原告はこれに納得できなかった。

(2) 同年五月一七日、三元株式会社代理人山本潔弁護士(以下「山本弁護士」という)は、原告に対し、同年五月一八日到達の内容証明郵便(書証略)で、「貴殿退職に際しての三元株式会社支払金に関し次の通りご通知致します」として、同年四月二六日から同年五月九日までの日割計算による未払給料一七万五八九一円及び解雇予告手当四五万六五〇〇円、以上合計金六三万二三九一円を支給すること、原告が三元株式会社に健康保険被保険者証、こくみん共済加入証書等を返却し、特別退職金共済制度脱退者通知書兼年金一時金請求書、雇用保険被保険者離職証明書及び雇用保険被保険者資格喪失届に捺印後返却した後、三元株式会社が前記未払給料及び解雇予告手当を原告指定の口座に振り込んで支払うほか、東京商工会議所から退職積立金五五万一一九一円が振り込まれること、以上のとおり通知した。

(3) 同年五月二四日ころ、山本弁護士は、原告に対し、山本弁護士の事務所まで、未払給料及び原告の私物を受け取りに来て、退職を確認する合意書を取り交わすよう連絡した。原告は、三元株式会社に対し、健康保険被保険者証以外の署名捺印した書類に送付書(書証略)を付して送り返した。原告は、既に同年五月一六日に三元株式会社の鈴木部長に健康保険被保険者証を手渡しして返却していた。原告は、三元株式会社に対し、右のとおり書類に署名捺印して送り返した際、勤務中の立替金その他の金員の支払を請求する請求書(書証略)も送付した。原告は、山本弁護士の求めた合意書の作成に応じず、三元株式会社に対して退職届、合意書その他の退職を確認する書面を提出しなかった。

(4) 同年五月二九日、三元株式会社は、城南信用金庫狛江支店の原告名義の普通預金口座に前記未払給料一七万五八九一円及び解雇予告手当四五万六五〇〇円を振り込んだ(書証略)。

(5) 同年五月三一日、原告は、府中公共職業安定所に求職の申込みをした(書証略、雇用保険法一五条二項)。原告は、その後、雇用保険法所定の手続により、失業の認定を受けて、同年六月七日から平成九年四月二日までの間、求職者給付としての基本手当の支給を受けた(書証略)。

(6) 平成八年六月一四日、東京商工会議所は、原告の前記口座に退職金積立金五五万一一九〇円を振り込んだ(書証略)。

(7) 原告は、三元株式会社の鈴木部長及び山本弁護士に対し、解雇理由を明らかにするよう再三にわたって求め、白に対し、同年七月二九日到達の内容証明郵便で、時間外労働手当から心付けとしてもらった金員を控除されたとして、これに関する記録を送付するよう求めたほか、解雇理由を明らかにすることを求めた。

(8) 同年八月二七日、原告は、東京地方裁判所に対し、解雇無効を理由とする地位保全の仮処分命令を申し立て、三元株式会社の解散、清算決了登記を受けて同年一一月五日に右申立てを取り下げ、同年一一月二七日、本件訴訟を提起した。

(二) 右の事実によれば、原告は、平成八年五月九日に白から「今日限り辞めてくれ」等と申し渡された後、同年五月二四日ころ、三元株式会社に対し、健康保険被保険者証、こくみん共済加入証書等を返却し、特別退職金共済制度脱退者通知書兼年金一時金請求書、雇用保険被保険者離職証明書及び雇用保険被保険者資格喪失届に捺印して送付し、三元株式会社から未払給料及び解雇予告手当並びに退職金積立金の振込みを受け、雇用保険法に基づく失業保険金の給付を受けたが、他方、三元株式会社は原告に解雇予告手当を支払っているし、原告は、三元株式会社に対して退職届、合意書その他の退職を確認する書面を提出せず、解雇理由を明らかにすることを求め、同年八月二七日には解雇無効を理由とする地位保全の仮処分命令を申し立て、その後本件訴訟を提起したものであるから、これらの事実に照らして考えると、前記の未払給料及び退職金積立金等の受領並びに雇用保険法に基づく失業保険金の受給の事実を根拠に本件雇用契約の合意解約の事実を推認することは難しく、(証拠略)中本件雇用契約の合意解約の事実に沿う部分は、右各事実に照らしてたやすく採用することができず、他に本件雇用契約の合意解約の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  解雇の成否(争点1(二)―賃金支払請求の請求原因事実)

1(一)の各事実によれば、白は、平成八年五月九日、原告を解雇したものと認めることができる。

二  就業規則所定の解雇事由の存否

(証拠略)に弁論の全趣旨を併せて考えれば、抗弁2(一)のような事実が一部存したことが認められるが、原告の態度が顕著に悪かったとまで認めることはできず、これらの事実だけをもって直ちに就業規則一〇条一項二号又は七号に該当するものと認めることは困難である。

三  法人格否認の法理の適用の有無

1  三元株式会社の事業、経理処理及び銀行取引について

(一) 三元株式会社の事業について

(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 三元株式会社は、白が中心となって韓国との輸出入業務の目的で昭和四三年七月一二日に設立した会社である。三元株式会社は、昭和四五年、大阪市北区(以下、略)所在の株式会社百又と共同出資の上、韓国に現地法人として三元繊維株式会社を合弁企業として設立し、同社の製造するニット製品を日本に輸入する業務を行ったが、昭和四七年には同社が多大の赤字を計上するに至ったので、株式会社百又との共同事業から撤退した。

(2) 昭和四八年一〇月、株式会社モードが韓国の伯山物産と合弁で婦人服の縫製加工工場を設立し、三元株式会社は、その輸出入業務を引き受けたが、株式会社モードが昭和五一年四月倒産し、韓国の伯山物産も連鎖倒産したので、三元株式会社の右業務も終了した。

(3) 三元株式会社は、日本セメント株式会社の韓国向け輸出総代理店となり、昭和五六年三月、韓国の東方パーライト産業株式会社との間で、同社を日本セメント株式会社の製造するアサノパーライトの韓国における販売総代理店と指名して基本契約を締結して、アサノパーライトの韓国向け輸出業務に携わったが、昭和五八年八月に東方パーライト産業株式会社が倒産したので、右輸出業務を中止した。

(4) 三元株式会社は、韓国の朝鮮日報社のために印刷機械設備の購入取扱業務を行ってきたが、朝鮮日報社が韓国の国産品の機械設備を使用するようになり、平成五年以降はこの業務も縮小した。

(5) 三元株式会社は、被告からの業務委託を受けて、韓国の朝鮮日報社あるいは韓國經済新聞社から送られてくる日刊新聞、週刊誌、月刊誌等の雑誌の梱包、発送、購読者の拡張、広告取り等の業務を遂行し、被告から事務委託料を得て、従業員の給与その他の諸経費に充てていた。

(二) 三元株式会社の経理処理について

(証拠略)によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三元株式会社の事業年度は毎年四月一日から三月三一日までであり、三元株式会社は、各事業年度について決算報告書、貸借対照表、損益計算書及び損失金処理計算書を作成して法人税の確定申告を行っていた。

三元株式会社の平成五年度から平成八年度までの各損益計算書(書証略)によれば、右期間における営業損益の部の貿易売上高、手数料収入及び仕入高並びに営業外損益の部の事務委託収入並びに特別損益の部の当期利益又は当期損失、前期繰越損失及び当期未処理損失は、次のとおりであった。

(貿易売上高)

平成五年度 五六九万一四〇九円

平成六年度 七九四万一〇八一円

平成七年度 七三二万六三八三円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 二六四万二三五六円

(手数料収入)

平成五年度 一三二七万三一〇七円

平成六年度 三四六万五一六九円

平成七年度 三九二万三八九一円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 〇円

(仕入高)

平成五年度 三〇一万一二〇八円

平成六年度 三七九万七四四八円

平成七年度 三七七万九〇一二円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 一四七万五八一一円

(事務委託収入)

平成五年度 六七八六万〇三三一円

平成六年度 六九七二万八五一九円

平成七年度 六五四〇万三四二八円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 二〇五九万五八一一円

(当期利益又は当期損失)

平成五年度 三六一万九六六九円

平成六年度 △一〇八九万八一八四円

平成七年度 三七五万二一五二円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 三六万〇四八三円

(前期繰越損失)

平成五年度 一一三二万八五八一円

平成六年度 七七〇万八九一二円

平成七年度 一八六〇万七〇九六円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 一四八五万四九四四円

(当期未処理損失)

平成五年度 七七〇万八九一二円

平成六年度 一八六〇万七〇九六円

平成七年度 一四八五万四九四四円

平成八年度(平成八年七月三一日まで) 一四四九万四四六一円

(三) 三元株式会社の銀行取引について

(書証略)によれば、三元株式会社は、解散に至るまで、その名義で当座預金口座及び普通預金口座を開設し、当座勘定取引等の銀行取引を行っていたことを認めることができる。

2  被告の事業、経理処理及び銀行取引について

(証拠略)によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

被告の事業年度は毎年三月一日から二月二八日までであり、被告は、各事業年度について決算報告書、貸借対照表、損益計算書及び利益処分計算書を作成して法人税の確定申告を行っていた。

3  以上の各事実によれば、三元株式会社と被告とは、事務所所在地を共通にし、役員構成が同一であり、三元株式会社の従業員は、原告雇用後は専ら被告の業務を遂行していたのであり、事務所内の備品、電話加入権及び営業用自動車についても両者が供用していたものであるから、三元株式会社と被告とが密接な関係にあったことは否定することができないが、他方、三元株式会社と被告とは経理処理及び銀行取引を明確に区別して処理しており、被告と三元株式会社の財務関係は混同していなかったものであって、業務等の右に述べた各点も、三元株式会社が被告の業務委託を受けて業務を遂行していたためであると認められるから、三元株式会社と被告とが法律上同一の会社であるとして両者の法人格を同一視することはできない。

もっとも、三元株式会社の貿易売上高、手数料収入、仕入高の推移は前記のとおりであり、事務委託に基づく収入に比べれば金額は少なかったし、平成六年度には一〇八九万八一八四円の当期損失を生じたとはいえ、毎年損失を生じていたわけではなかったから、三元株式会社は、被告からの事務委託を継続していれば、事務委託に基づく収入と貿易による収入とで会社として存続することは可能であったのではないかとの疑いを払拭することはできず、なぜ平成八年七月三一日をもって三元株式会社を解散しなければならなかったのか、その理由も十分に証明されているとは言い難い。しかしながら、営業の自由は、事業の廃止の自由をも含み、事業の廃止の時期をも含めて経営者の合理的な判断にゆだねられており、その裁量の幅は広く、原則として権利の濫用の問題を来さないというべきであるから、三元株式会社が解散されたことが法人格の濫用であるということも困難であるといわなければならない。

四  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

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